介護殺人事件はやっぱり起きる
今日の記事の中に、福井で57歳の息子が、介護していた84歳の父親を殺してしまうという悲しいニュースがあった。
57歳の息子が、父親の食事の準備や着替え、洗濯等をやっていたそうだが、
「介護がうまくいかず、カッとなってしまった」
との弁明。
もちろん殺意なんてないと思う。
私には、この息子さんの気持ちが痛いほどわかる。
それに関連して、福井新聞に掲載されている「ふくいを生きる 超高齢社会」に寄せられた意見。
「いつか両親に暴力を振るってしまうだろうという恐怖との闘い」
この男性は、
「言うことをきかない両親に声を上げては反省する毎日。いつ手を挙げてしまうかわからない。介護殺人は他人事ではない」
さらに、自身の精神状態を
「心が渇き、地獄がいつまで続くかを考えるだけで恐ろしい。
高齢者が増えれば介護に疲れ切った人も増え、大変な社会になる。
国としてどうするのか真剣に考える必要がある」
と訴えたとのこと。
「孤独死は身につまされる問題」(70代独居女性)
この女性は、二人の息子がいるが共に優秀で関東の大学に入り、そのままそこで就職。
夫は数年前に亡くなり、今は独り暮らし。
子供をあまり勉強させないで福井に就職させればよかったと嘆いていると言う。
また、高齢者の生活ぶりにも警告を鳴らす人もいる。
「年金生活になっても、生活の質を落とすことは難しい。
高い買い物をしながら、台所は火の車という高齢者世帯は多い」
とも。
「夫婦どちらかが病気で倒れれば、一気に貧困に陥る。
年金を担保に金融機関から借金するケースもある」
老後なんて先の話だと思っていたが、60過ぎれば、もはや自分の番なんです。
介護を抱えれば、金銭的面だけでなく、身体的、はたまた精神的面に確実に負担がくるわけだ。
3つですからね。
今回、ナニサマのショート代の請求が来たわけですが、決して安くはありません。施設に入れたからって、身体と精神の負担は軽くなるけれど、金銭の負担は大きくなるわけだから、私たちだって病気は出来ません。
最近はたいていの親世代が、「子供に迷惑かけたくない」と言います。
私もそうです。
でも、いろいろ考えると迷惑をかけざるを得ないかもしれないと思うようになりました。
そのためには、いい親子関係を作っておくこと。
気持ちの上では「親離れ・子離れ」がきちんとできていること。
少なくとも金銭面で子供に負担かけないこと。
などと、考えてしまいます。
なんか、私、「理想の高齢者」を目指している?
あはは。
Source: 鬼嫁介護日記