”まだまだ先は長い”と思っていた1年前
「自立」なんてかっこいい言葉を使っているけれど、要は生きるための最低限の「歩く」「着替える」、この二つがなんとか出来るというだけだ。
本当の「自立」は、自分で家事も出来ること。
ご飯を作って食べて、片付けて、自分の下着等も洗濯してしまう。
部屋の掃除もして、自分のオムツも所定のところに置けるってことが、本当の「自立」のはずである。
でも100歩譲って、なんとか歩けて車椅子からベッドへの移乗やトイレでの便器への移乗が出来ることが、ナニサマの大きな「自立」なわけだ。
同じことがこの「着替え」にも言える。
介助するのは簡単だ。
でも、手を煩わせることには違いない。
しかもこれが毎日、朝と夜の二度となると、存外ストレスになる。
1年前、それでもナニサマにとっての「自立」が出来たことで、どれだけ私たちは救われていたかわからない。
チャ子さんが、
ブログを書くようになって
「動悸が確実に減った」
と書いておられた。
姑の声が聞こえてくるだけで、心臓がドクンドクンとなり、心拍数が増えているのを感じる・・・
と。
それでも逃げ出さずに頑張っているお嫁さんが、ここにも一人おられる。
私も最後の方は、ナニサマに名前を呼ばれるだけで、言いようのない嫌悪感に襲われたものだ。
大したことでない事でも、体が拒否している自分がいた。
少しでも、自分に有利になるよう事を進めていこうとしていた私。
先に先に行動を起こし、ナニサマからは何も言わせないぞと、頑張っていた私。
それでも言いたくてならないナニサマは、負けなかったね。(笑)
彼女の嫌らしさは、優しい言葉でジワジワ攻めてくる強引さ。
また衣替えの季節になった。
この時期になると、ナニサマの何とも言えない嫌らしさを思い出す。
すべて整理した後で、
「やっぱり、あれは出しておいて」
「そういえば、こういうのあったわね。あれ、好きなやつなんだわ」
と、こちらにはまったく理解不能なことを言い出して、ねばるナニサマ。
常にイニシアチブを取りたいナニサマ。
そのくせ、最初は「出来ない」と引くナニサマ。
この人の振り回しに、どれだけ周りが傷ついたことか。
そして、それを指摘すると
「私は言ってない!」
「私は何も知らない!」
と、平気でしらを切る。
思い出しただけで、胸糞悪くなるというのはこのことだ。(笑)
また週末、ナニサマのところに顔を出さないといけない。
さて、集音器の行方は・・・?
結構興味津々。(笑)
Source: 鬼嫁介護日記