介護しない義きょうだいの立ち位置

介護嫁様のブログによく登場する

 

「義」と名の付く兄弟姉妹。

 

介護嫁様はほとんどが長男嫁。

かくいうワタクシもそうだ。

 

私のブログにもよく登場しているのが夫の弟、義弟である。

 

この義弟も有名国立大を卒業した秀才である。

だが、夫と違うのは、夫もかなりの自由人だと思うが、若いころは義弟の方がかなりの自由人だったようで、母親を心配させたそうな。

彼は、高3になると、受験勉強そっちのけで読書に明け暮れたそうだ。

おかげで一浪。

それでも母親の希望通りの大学に進み、母親を安心させたという親孝行息子でもある。

 

心配させられた分、母親は次男が可愛かったのかもしれない。

 

だからといって、次男に何か期待していたのかというと、そこは母親、キッチリしていて、すべては長男に任せるというスタンスだけは守っていたようだ。

夫もそれは感じていたので、結婚後は同居することを決めていた。

しかし、同居生活はあえなく破綻。(笑)

 

ますます嫁姑の溝は深まるばかり。(笑)

 

次男は、母親の持ってきた縁談で結婚。

土地の有力者の家柄の娘が、次男の嫁さんである。

 

母親にとって自分の息子たちの結婚は我が世の春だったわけだ。

 

ところが、残念ながらあろうことか長男は嫁を連れて家出してしまう。

 

まあ、人生、そううまくはいかないわね。

 

こんな流れから、母親にしてみれば、一度裏切った長男は信用できない部分もあるようで。(笑)

 

そんなわけで、義弟の存在は母親にとっては大事な存在になっていったわけだ。

 

たまに、会いにくれば嬉しいに決まってる。

 

私の父が亡くなる3年ほど前から、歩くことが不自由になり、姉が介護することになったが、やはり時々訪ねる私の顔を見ると、本当に嬉しそうだった。

私は父に子供の面倒を見てもらい、本当に感謝してもしきれないのだが、介護してくれたのはやはり長女の姉である。

私は、姉の心の琴線に触れないよう、長居もしなかったし、父に特別な言葉かけも敢えてしなかった。

それが、介護をしてない者の最低のルールだと思っていたからだ。

もちろん、父の介護のことで意見するなんてことは言語道断である。

 

なので、私は両方の立場を経験していることになる。

 

外野にいる義きょうだいだけでなく実きょうだいも、介護してくれているきょうだいには、心のサポートをすべきだと思っている。

まして嫁に押し付けたり、意見したりするなんてことは、よっぽどのことである以外はしてはならないとも思っている。

 

介護がどんなに苛酷であるか、これだけは経験した者だけにしかわからないことだから。

Source: 鬼嫁介護日記