能力の衰えを自覚してからでは遅い運転からの勇退
4月19日に東京・池袋で87歳の男性が運転する乗用車が赤信号を無視して走行、歩行者をはねるなどして10人が死傷する事故が発生して以来、高齢ドライバーの運転という問題がマスメディアで様々に取り上げられている。
この事故に巻き込まれて死亡したのは31歳と3歳の母娘だった。ただ道を歩いているだけで、突然命を奪われるという悲劇が、高齢ドライバーの運転能力の衰えによって引き起こされたとしたら、こんな不運なことはない。一人残された夫の記者会見に涙した人も多いだろう。
このように高齢ドライバーの運転ミスによって、幼い命が奪われる悲劇が後を絶たない。
そうした事故の一番の原因は、ドライバーの認知機能の衰えである。免許更新時の認知機能検査で正常だからと言って、運転に問題がないと考えるのは早計である。認知機能の衰えは緩慢に進行することが多いが、判断できる事柄が、判断できなくなるという状態は、ある日急に引き起こされるのである。その状態が軽度であったとしても、その時に運転行為を行った場合、車はそのまま凶器になるのである。
よって検査で正常・異常を決めるのであれば、運転を行うたびにその直前に検査をし続ける必要がある。そんなことできないのだから、認知機能低下リスクの高い年齢になった場合には、一定年齢で線引きして運転からの勇退ということを考えねばならない。
しかしなかなかその判断ができない人が多いのが現状だ。池袋の事故の加害者も、運転をやめようと考えていた半面、自分の運転技術には自信があったことで、その決断ができなかったことが今回の悲劇につながっている。
本人が運転をやめようとしないときに、家族がいかに運転をやめさせるかも問題となるが、「運転する権利」を主張された途端に家族の介入の力は弱体化する。介入根拠となる社会的制限規範が必要なのである。
損保ジャパン日本興亜によると、年齢が上がるにつれて、運転への自信が高まるという調査結果もあるという。そのために自分の衰えを自覚するには、自分の運転を客観視することが必要だと論評する報道記事がある。しかしどのように客観視するかという具体策は示されていない。
そもそも認知機能が衰えてきている人が、そのような客観的判断が可能だというのだろうか。それは不可能である。だからこそ運転免許を与える年齢上限設定という方策も議論される必要がある。
判断力には個別の違いが大きいという反論があるだろうが、日本全国でこれだけ多くの高齢ドライバーの事故が引き起こされ、それによって前途ある幼子や若者の命が奪われている状況を考えると、個別性云々はこの際おいておいて、一律の制限ルールを設けて社会を安全にするという考え方も必要だ。
悲劇を防ぐために、高齢者は一定年齢になれば運転から勇退するという社会の方が平和で健全ある。
同時にそれは、高齢者が自ら車を運転しなくても良いような社会を創らねばならないということと一体的に考えていかねばならない。
このブログでは、高齢ドライバーが引き起こす悲劇等の状況について、様々な形で問題提起をしている。(参照:「認知症高齢者の運転に関する問題」)
僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人の母体は、精神科が中心の医療法人であった。そこには認知症の高齢者がたくさん入院していたが、その中には一日中孫の名前を呼びながら、孫を探すように病棟を徘徊し続けている男性高齢者がいた。
しかしその人が探し続けている孫とは、その人が10年以上前に車でひき殺してしまった被害者である。自分の事故で孫をひき殺したという記憶を失って、その孫を探して10年以上も徘徊している人がいるのだ。しかしその事故が認知症によって引き起こされたからと言って、家族がこの男性を許してくれるということにはならない。
殺された孫の父親は、この男性の長男である。その長男も妻も病院に面会に来ることはない。妻もなくなっている男性は、すべての家族との関係性まで失ってしまっている。
認知症という状態になって、それでも車の運転をやめることができなかったことで、こういう悲劇が繰り返されるのである。それは月単位どころか、週単位で発生しかねない状態になりつつある。
実際に運転能力が衰えてから運転から勇退すればよいと考えている人も多いようだが、運転能力の衰えを自覚できるのは、実際に事故を引き起こしたときである場合が多い。それでは遅いことは池袋の事故が証明しているのである。
だからこそ例えば70歳の運転年齢制限などが、真剣に議論される必要があるのではないかと考えるのである。
この問題はもう待ったなしの時期に来ている。
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Source: masaの介護福祉情報裏板